製    麹
 蒸米に黄麹菌を繁殖させたものを麹といい,麹をつることを製麹といいます。製麹の方法にはいろいろあって、まず在来から行われてきた蓋麹法があります。蓋麹法(ふたこうじほう)は、麹蓋と呼ばれる1.5kgあるいは2.5kg程度の麹を入れる(盛る)ことのできる小箱に麹を小わけして製麹する方法で,従来から良く使われてきました。
 しかしこの蓋麹法は大変に手間がかかります。そこで、この麹蓋をもう少し大型にして、15〜45k9の麹を盛ることができる箱を使うことによって省力化する方法を、箱麹法といいます。この箱をさらに大きくして、全体の麹を一つの床でつくるようにしたのが床麹法で、箱麹法よりもさらに省力化することができます。
 以上の方法は、すべて人力によって製麹する方法ですが、最近は機械によって製麹する機械麹法もかなり普及しています。機械麹法には、従来の麹室(保温や換気を配慮した麹をつくるための特別な部屋)中に製麹機を持ちこみ、製麹の後半だけを機械にまかせるという簡便で小型のものから,完全自動式のものまでいろいろな型式があります。
 ここに説明した製麹法は、蓋麹法、箱麹法,機械麹法の順に合理化されていて、(1)人手が省ける(2)均一な麹ができる(3)製麹時間が短縮できるなどの利点が大きくなっています。たとえば,麹蓋法では麹をつくるために48〜43時間かかりますが、機械麹法では38時間製麹も可能になりました。
 次に製麹工程のあらすじを簡単に説明します。ただし各製麹法によって工程が多少違いますから、蓋麹法と床麹法の中間にある箱麹法を例にとりあげることにします。
(1)引込み
蒸きょうを終った蒸米を34〜36℃に冷し、麹室の中に入れ温度を均一にするために床の上に積み上げ、布をかけておきます。この操作を引込みといいます。
(2)床もみ
 引込み後2〜3時間たって温度と水分が蒸米全体に均一になったときに,蒸米を床の上に拡げ、種麹(黄麹菌の胞子)をまんべんなくふりかけ、再びよくまぜます。この操作を床もみといいます。床もみが終ったならば,再び堆積して、乾燥と温度の低下を防ぐために布で十分に包んでおきます。床もみが終ったときの蒸米の温度を、もみ上げ温度といって,酒母麹では32〜33℃、掛麹では31〜33℃が普通です。この温度は、以後の麹菌の増殖速度を支配しますから重要です。
(3)切返し
 床もみ後約10時間位たつと、蒸米粒の表面が乾いてきますが、拉同士が互いにくっついてかなり固い塊になっています。そこで、蒸米粒の温度と水分を均一にすること、また麹菌に酸素を供給するという目的で、堆積した蒸米をくずして、塊をはぐしてよくまぜます。この操作を切返しといいますが、このとき切返機を使う場合が多くなっています。切返し後は、再び蒸米を堆積して布で包んで置きます。
(4)盛り
 切返し後12時間位たつと、麹菌の繁殖による白い斑点がところどころに見えるようになります。これ以後このままの状態にしておくと、麹菌の増殖による発熱のために蒸米の温度が高くなりすぎて、麹菌の増殖が止ってしまいます。そこで、堆積してある蒸米をもみはぐし、一定量ずつ(30kg位が多い)箱に入れて温度の調節をし易くします。この操作を盛りといいます。
 箱に入れた蒸米は、箱の片側に寄せて厚さ8cm位に拡げ、上に布をかけて置きます。盛り直後の温度もまた、これ以後の麹菌の増殖速度を支配するために非常に重要です。普通、盛り前の蒸米の温度は、もみ上げ温度よりも1〜2℃上昇していますが、盛りの操作によって1℃位下がって、盛り後の温度はもみ上げ温度と同じ程度に戻ります。
(5)仲仕事
 盛ってから9〜10時間たつと品温が34〜36℃まで上昇します。そこでよく撹拝して塊まりをはぐし、温度を1〜1.5℃下げます。手入れ後は,蒸米をひろげて6〜7cmの厚さにします。これを仲仕事といいます。
(6)仕舞仕事
 仲仕事後6〜7時間たつと、品温が37〜39℃まで上昇します。そこでよく撹拝して温度を1〜2℃下げます。手人後は蒸米をひろげ、米層に3本程度の溝を縦につくって表面積を大きくし、水分の蒸発を促します。また、箱の底部の板(スノコあるいは網の下に品温の低下を防ぐために敷いてある坂のこと)をはずして品温の急昇を防ぎます。これを仕舞仕事といいます。
(7)出麹
 酒母麹では仕舞仕事後約12時間、掛麹では約8時間たって麹が出来上ると、麹を麹室から出して冷まします。これを出麹といいます。床もみから出麹までの全製麹時間は、洒母麹の場合48〜50時間,掛麹の場合43〜45時間です。
 麹の役割の第一は,澱粉を分解してグルコースをつくる糖化酵素を供給することですが、糖化酵素ばかりでなく,蛋白分解酵素を供給する役割も大切です。蛋白分解酵素は、米の蛋白質を分解して米の溶解を促進し,また糖化酵素の働きを助ける役目も果します。
 さらに,アミノ酸などの蛋白質分解物は,酵母の栄養となり、また清酒のゴク味や旨味などの味に貢献します。ただし、この分解物は、多すぎると味がくどくなったり雑味が多くなったりしますから,適量であることが必要です。
 麹の役割の第二は,ビタミンなどのような栄養素を供給して、酵母の増殖と発酵を促進することです。これらの栄養素は麹菌が麹の中につくります。
 麹の役割の第三は、麹のなかに蓄積された清酒の香味に関係する成分を、直接的に供給することです。
 したがって良い麹とは、これらの役割を適度に果すことができる麹ということになります。第一の役割に関係する酵素については,糖化酵素力と蛋白分解酵素力を測定して、それが十分であれば良いといえます。また,このはかの良い麹の判断基準として,経験的に次のようなことが知られています。
 まず、麹の色は白くなければなりません。輝くように白い麹は良く、なんとなく黄ばんで見える麹は不良です。次に出麹を手で握ったときにふんわりと弾力を感じる麹が良く、表面が粘って握るとだんどになって崩れない麹は、貼り麹、ヌルリ麹などといって、納豆菌に汚染された不良麹です。
 また、握ったときの手ざわりが非常に軟らかく湿気が感じられる麹は,水分過多の麹で、湿気麹と呼ばれ良い酒をつくることはできません。
 蒸米に麹菌が繁殖した部分は白く見えますが、これを破精といい、麹粒の表面に破精が広がっている状態を破精廻り、麹粒の内部にくい込んでいる状態を破精込みといいます。
 麹粒を横に割ったときに、破精込みの深い麹はツキ破精麹といって,良い麹とされます。しかしながら、水分の多い湿気麹の場合には,破精廻りも破精込みも共に過剰となり、バカ破精といって不良麹とされます。
 また、麹の中に、破精が全く無いかあるいは極く小部分にしかない麹粒がまじっていることがしばしばあります。これを破精落ちといいますが、破精落ちの割合が多い麹はましくありません。
 さらに、麹拉を手ですくって匂いをかいだときに、栗番(栗の実を蒸したときの実の匂い)のする麹が良いとされますが、例外もあります。
 また、口に入れて噛んだときに、旨味が感じられる麹が良く、酸味,苦味、渋味の感じられる麹、甘味の強い麹などは不良とされます。
 以上のような,外観、手ざわり,匂い、味などによる麹の良否の判定は,体験によって身につけることが大切です。