池田洒 いけださけ
大阪府池田市、昔の摂州池田は、室町末期(一説に中期ともいう) 頃産業としての酒造業がおこり、やがて徳川時代に入って酒造家満願寺屋を中心に江戸市場でも大きな勢力をしめるに至った。そこでこの池田で造られる酒を特に池田酒とよんで他の地方の酒と区別したのである。最盛期には池田に酒造家38戸、生産高約1万2000石、(元禄10年、1699年)であったという。この頃伊丹も盛んな時であった。しかし宝暦・明和(18世紀の終末)になって灘五郷の酒にその地位が変られるのである。「池田 旧名呉服里と・・・特には酒造りの家多くありて猪名川の流れを汲みて造る味ひ実にして官家の調進とすこれを世俗池田酒と質して名産とす。」 (『摂津名所図会』) 「みちとほく船にてきぬるいけたさけいける命も君かしわさそ」 (『大隈言道全集』)。
板粕 いたがす
清酒の酒粕の別名。板状になっていることからこの名が生れた。また脱胎大豆が圧搾法で搾油した後の大豆で、同じように板状をなしていることから、板粕と呼ばれることもある。
伊丹洒 いたみさけ
兵庫県伊丹市、昔の摂州伊丹は、文禄、慶長の頃より酒造業が盛んであって、池田とともに享保の頃は全盛時代であって江戸の市場を支配していた。享保9年(右24) の記録によると江戸へ出荷をしていた酒造場−下り酒という−が伊丹に54軒あったという。その伊丹で造られた酒を伊丹酒と称し、他地方のものと区別した。「伊丹は日本上酒のはじめと云ふべし、是亦古来久しきにあらず、元は文禄慶長の頃よりおこりて、江府(江戸)に売始めしは、伊丹隣郷鴻池村山中氏の人なり、…中略…江府ますます繁昌に随ひ、石高も限りなく富巨万をなせり、継いで起る者猪名寺屋、升屋といって是は伊丹に居住す…」 (『日本山海名産図会』)。また西鶴は「蒐角人は善根をして家業大事にかくべし、池田伊丹の売酒水より改め米の吟味糀を惜まず…」と『織留』の中でふれている。「伊丹はながき所なり、大いなる酒家百戸ばかりあり、諸国に酒を多くうる、一家にて数百石、或は2、3千石造ると云う」 (『有馬山温泉記』)。また伊丹酒は一名伊丹諸白といわれ、原料がすべて白米のみであったことからこのようにいう。「伊丹池田の造り酒は生諸白という」(『摂陽続落穂集』)。そして有名なのは頼山陽が伊丹酒を愛し、詩の中にこれを詠じていることである。『山陽遺稿』に 「長古堂記、伊丹之酒、醇ニ於天-下而坂上氏最醇云」とあって醸家のうち坂上氏がすぐれていることを述べ、更に坂上家の醸した酒のこもかぶりに墨で書いた模様から 「江都人呼ニ坂上家醸-、日ニ剣菱」と剣菱の名をあげている。この伊丹酒剣菱は、当時酒造の中心地であった京都にも売りこまれていたという。
イタリアン・ヴェルモット
ベルモットはイタリアン・ベルモットとフレンチ・ベルモットの二つのタイブに大別できる。イタリアン・ベルモットはイタリアが主な産地で色はやや暗色、マスカット種の白ぶどう酒をべ−スにした甘口のもの。現在は両者ともイギリス、フランスで造られている。
イタリアン・ワイン
イタリアはフランスについで世界有数のワイン生産国であり、年度によってはフランスを抜いて世界第一位となることもある。ワインの個人消費量もまたフランスと変らず、111L(フランスは112L、1969年統計)と、この二国がすべて他を圧している。ぶどうの栽培地はイタリア全土に広がっているが、何にせよ北イタリアのアルプスから、南は地中海のシシリー島までの間であるから、気候や土質、ぶどうの種類も異なっており、ワインの酒質もさまざまである。一般にイタリアのワインは量はともかくとして質的には劣っているといわれるが、その最上の酒は決してフランスやドイツの高級品に劣らない。ただ全般的にみると中級品程度のものが多いといえる。【歴史】イタリアのワインの歴史は古い。ローマ時代よりもずっと以前、北部イタリアでは住民が野生のぶどうからワインを造っていたといわれる(青銅時代)。また古代のイタリアのエトルリア人は今日のトスカーナとラツィオとよばれている地帯で、ワインを造っていたというが(BC10〜9世紀)、これには異説もあるようだ。クメー(イタリアの南西部カンパニアの古都) にはギリシア人が植民し、エトルリア人を征服したが、ギリシア人もサビヌ人に破れる。しかしこのサビヌ人もまたぶどう酒の製造には熱心であったようだ(BC420)。また当時のすぐれたぶどう酒はギリシアから輸入していたといわれる。BC150年代には、ローマは地中海の女王であったが、同時にイタリアは世界でも有数なぶどう酒生産国となっていたようで、国内ではギリシアのぶどう酒と市場で競っていたと伝えられる。黄金時代のローマには、世界でも名だたるワインが18リストされていたという。珍しいことに当時のギリシア人はワインを海水で処理して用いたということで、ワインそのものはかなり濃厚なものであったようだ。もっとも現在は樹脂で処理しているのであるが、このような方法は北部イタリアから伝えられたといわれる。当時カンパニアからのワイン−ファレルニアン−はギリシアのものと比較しても逢かに高級であって、このものはラチウムとカンパニアの境界をなしている丘陵地帯で造られたものであった。現在と同様当時のイタリアでは、赤、白、甘口、辛口さまざまの種類があったが、最も優れたものは辛口の赤のファレルニアンであったといわれる。有名なローマ皇帝のネロ(37〜68)の寵を得た政治家ペトロニウスは彼の客に百年もののファレルニアンでもてなしたと伝えられる。この他にソレント半島のワインサレンチネは若くて粗い酒で、熟成には25年を要したという。この他カレニアンが有名であったが、ただいずれの酒も香りの強いものであったらしい。このようにローマ人はよき栽培家でありまた醸造家であったが、彼らのは自然にそのまま発酵するワインに限られていた。ただ非常に強くてゼリーのように濃厚であり、飲用時は水でうすめて供されたり。またリユウゼッランやミルウ、樹脂や松脂、海水、大理石の屑、香料、薬辛料などで味をきかせ、香りをつけて飲んでいたようだ。ローマ人は硝子をつくることが得手で、従ってワインにガラスびんの利用やコルク栓を用いることを行なっていたらしい。またギリシア人から土製の容器(多孔質なかめ)を松脂やその他の樹脂でライニングする方法を学んでいたようだ。樫の樽も使っていたょうであるが、かめ程一般的ではなかったという。とにかくローマの興隆とともにぶどう酒の醸造はイタリアの風土に適合し、盛大になって行くのであった。ローマ帝国の滅亡という事件はぶどう酒に対して少しの影響はあったろう。しかし教会がぶどう酒の仕事に手をつけ、多くの貴族もこれに援助を与え、政治の興亡には係わりなくイタリアのぶどう酒は栄えるのである。14〜15世紀、ルネッサンスは芸術が栄えるばかりでなく、人々の生活に充あ足りた幸福を与えようとした。ル
ネッサンスの文学がワインとぶどう造りについてくりかえし讃えているのもその表われであった。人々はワインが彼等の生活にかけがえのない楽しみと光を与えるものとして貴んだのであった。その後の数百年、イタリアのぶどう酒はいろいろな危機を乗りこえて続いている。第一次大戦、第二次大戦、いずれも大なり小なり多くの影響を及ぼしているが、北は白雪のアルプスから南はシシリーの果てまでこの国が一つの広いぶどう園のようにぶどうが植えられ、ぶどう酒が造られてきたし、今後もまた続くことであろう。【生産地帯】イタリアのぶどう酒醸造は全域にまたがっている。付図にみられるように長靴の上縁からつま先までびっしりとぶどう園が並んでいる。(1)ピエモンテ=イタリアの北西隅。北はアルプスを境にスイスと、西はフランスに接している。最上級の赤、バローロとバルパレスコが生れ、また甘口の発泡性ワイン、アスティ・スプマンテもここで造られる。トリノ市の東と南に横たわるなだらかな丘陵、ポー川とタナロ川にはさまれた地帯がピエモンテのすぐれたぶどう酒の産地で、ネビオロ種のぶどうが用いられる。赤は常にがっしりしていて、コクのあるタイブで、フランスのローヌによく似ているが、樽貯蔵はより長いことが要求されている。ピエモンテの生産額の10%は白であって、既述のアスチ・スプマンテは発泡性で而も甘口、そして補糖もせず、おそ摘みも行なわずに甘味をもたせるのが特徴である。(2)リグリア=ピエモンテのすぐ南、海と山の問を走っている狭い地帯、イタリアでは最も小さい地区である。ぶどう酒の生産も面積につれて少なく、この地区の大部分はオリーブとカーネーションの栽培にあてられ、観光地帯でもある。ただ、ジェノバ (ジェノア)はイタリアにおける国内及び輸出用のぶどう酒取引の中心地であって、南イタリアの多くのぶどう酒は海路で運ばれてくる。アーコラ・ビアンコ、アーコラ・ロソーは赤、白あり、良質のテーブル・ワインである。バルバロサはピンク・ワイン。その他カンポキュセ・ビアンコ(白)、チンケテレは近づき難い断崖にぶどう園があり、良酒(白)を出している。ドルセアクア (白)、ベルメンティノ (白)がそれである。(3)ロンバルデイア=ピエモンテの東に隣し、北はアルプスを境にスイスに接している。北は高地であり、南は低地、有名なバルテルリナは赤の地帯で海抜2500フィートにもぶどうが栽培されている。品種はネビオロが多い。赤として著名なのがグルメロ、サッセ、インフェルノいずれもバルテルリナのものである。その他フレッチアロッサも赤の銘酒である。白にはドイツのようにリースリングの酒がある。(4)トレンチノ・アルト・アデイジェ=リースリングとトラミネルを原料にした酒が多い。オーストリアとスイスに接しているので、そちらへも輸出している。この地帯を通じてぶどう畑はきちんと整えられ、注意深く管理されていて、南部地帯とは好対照である。トレンチノ一アルト・アデイジェでも、ぶどうはその種類を問わず棚造りになっている。イタリアで最も美しい景色の一つは、アルト・アデイイジェである。気侯が温和でオレンジも栽培できるような土地、遥か彼方には雪を戴いたアルプスの山々、秋になって黄金色の葉をつけたぶどう棚が太陽に輝いている有様は素晴らしい。赤としてはカルダロ、ラガリナ、サンタ・マグダレーナ(アルト・アデイジェ地区)、またマルツェミーノ、テロルデゴ・ロクリーノ(トレンチノ地区)が有名で、白としてはリースリングが両地区でよく造られている。(5)ベネト=トレンチノーアルト・アデイジェ地区の南隣り、アドリア海に面している。この地帯は生産量でイタリアのぶどう酒地帯の中で上位に位置し、質的にも高く評価されている。すなわちガルダ潮のバルポリッエルラやバルドリーノ、バルパンチナのような軽い赤ワイン、それは良質なピエモンテや最良のキアンティ程ではないが、気品があって魅力のある酒が生れている。またソアヴェは確かにイタリアにおける最も優れた白の一つである。この地帯は変化に富んだ地帯でガルダ潮の岸からアドリア海の潟湖に至るまで伸び、またレッシニ山とドロマイト山脈の麓から、ポー川の平地に至るまでひろがっている。ローマ時代からの豊かな土地である。赤では既にあげたバルドリーノは明るく輝いたすがすがしい赤で、コルビナとネグララ種のぶどうから醸したものでガルダ湖の東岸で生れている。バルポリツェルラは海外で、特にドイツやイギリス、アメリカで、この地帯のものの中で最も名の通っている酒である。というのはまことに優雅なそしてかくれた甘味、あらゆる肴とどんな気候の下でも十分に飲める酒であるからだ。もちろん理想的には夏向きの看で冷やして飲むべきもの。バルドリーノやバルパンテナと同じぶどうを用いてはいるが、これらと土質が異なっている所から風味も十分にコクがあり、色も深味をおびている。バルバンテナは軽い赤。前の二つと同じぶどうを用いているが、ヴエロナから北へ走る谷でとれたぶどうで、他のものよりはやや辛く渋いという。白ではガルガネガが同名のガルガネガ種から造ったもの。プロセッコは北部イタリアの広大なワイン地帯の一つ。甘口あり辛口あり、発泡性のものさまざまである。発泡性のプロセッコ・スプマンテは良酒で名が売れている。ソアヴェはイタリアにおける最高級の白ワインである。主としてガルガネガ種で、二割位がトレピアノ種で造られる。ソアヴェという美しい町で生れた酒。多くのイタリアの白ワインは皮のついたまま発酵させるが、ソアヴェはフランス式のやり方で行ない、従ってより新鮮で、素晴らしい香りをもつ。手堅い酒でよく調和がとれている。(6)フリウリべネツィアジユリア=イタリアの一番東北の」隅。建築物や食事までオーストリア、ハンガリーの影響を受けている。しかしワインはむしろフランスに負っている。ボルゴニャ・ビアンコはその組成も色もきわめて軽い酒で多くは輸出される。ボルゴニャ・グリギオは、より深味のある色の白。ボルゴニャ・ロッソは他の酒程多くはない、典型的な地方酒。フランス・ワインのうちブルゴーニュに一寸似た型である。ガメーは近頃フランスから入ってきてウジネの北東の丘陵で栽培され、良い酒が生れている。ピッコリットは同名のぶどうからとった黄金色のデザート・ワイン。かつてフリウリ地方の誇りであったが、一時病害で壊滅し、そめ後他の品種とかけ合わせたものが主で、少しく原種が残っている。イタリアにおけるシャトウ・イクエムともいわれるが大分違っている。只この酒は他のイタリアの食後酒に欠けている鉄柵さを持っている。トカイはハンガリーの トデイとは何の関係もない。トカイはスラヴ語でという意味でつまりの意味であるともいうし、ゴリツィアの近くにかつてトカイと呼ばれた古い村から由来したともいわれる。辛口で黄色がかった白。やや苦味があってハンガリーのトカイとは大分違っている。(7)エミリアーロマニア=半島のちょうど根元にあたる所。ここのワインはたくましくコクの多いという酒ではないが、料理と食事が心をこめて供される所で、暖かい気持で飲める酒である。赤ではランプルスコが著名で最も個性的な酒である。辛口の赤、消えやすいが多少発泡性である。同名のぶどうから造る。サンジョヴエーゼ・ロマニォロは大変評判のよい赤。コクのあるしっかりした赤で若い酒でも調和がとれていて快適である。白はアルバナ・デイ・ロマニアが広く造られている。発酵せずに残る糖分があるので、甘口と辛口との境にある感じの酒である。軽快で新鮮なワイン。(8)マルケ=エミリアーロマニアの東南に隣接しアドリア海に面したせまい部分、小農地帯である。赤はモンテブルシアノ・デル・コネロが最も優れ、これはコネロ・ロソという名でもしられている。最高のものはモンテブルキアノ・ピセノとよばれる。白はヴェルデイッキオ・デェ・カステリ・デイ・イエスィが広く知られている。いやに飾ったびんとラベルが用いられている。良好で健全な白、同名のぶどうが原料。(9)トスカナ=マルケの西隣、こちらはチレニア海に面している。比較的平坦なぶどう園、ここはまたオリーブの産地でもある。美しい都フローレンス(フィレンツェ)を中心にかの有名なキアンティ・ワインが生れている。赤としてブルネルロ・デイ・モンタルツィノが同名のぶどうのみで造られるイタリアのすぐれた赤である。キアンティよりも強い、コク味があり、香気の高いワインが生れる。びん話する前、樽で5〜6年貯蔵され、さらにびんで二年間貯蔵されて市場へ出る。キアンチィはイタリアの代表的な銘酒。フィアスコという変ったびんに草の織経で胴から下を包んで、すぐキアンティと誰しもが分るような外観。ぶどうはサンジョヴエーゼを主体に、他の品種を混用しており、これが特殊なタイブと芳香をあたえている。しかしもう一つのゴベルノ・システムという方法に由来しているという人もある。この方法は、主発酵が終ったその年の終わりの頃、乾ぶどうからとった甘い果汁を3〜10%程度この若いワインに添加してやる方法で、これによってゆっくりした二次発酵がおこり、そのためアルコール分も少し増加し酸はやや減少して、ワインをより柔かにするという。この方法は若い問に飲むために必要なのであろう。キアンティ地帯の最良のワインはびんで熟成させるが、なかにはフィアスコでなく普通秒びんを用いたものもある。キアンチィには3つのタイブがあり非常に若くして飲むものは大桶から直接であるし、普通に若いものはびん話すると直ちに、そして熟成させるワインは非常に注意深く取扱われる。若いキアンチィは新鮮で果実性の香があり、只少し刺激的な味がある。古いワインの方は十分にコクがあって、芳香が高い。なお1932年、イタリア政府はキアンチィ・クラシコと名乗り得る範囲を定めている。それはフローレンスの南からシエナの北にかけて、数平方マイルの地帯である。なお隣接した地帯で同じ方法で作ったワインはキアンチィの名称は政府も認めているが、キアンティ・クラシコと呼ぶことは許されない。クラシコは金地に黒色の鶏のついたラベルである。その他キアンチィ・ルフィナ、キアンティ・モンクルバーノ・ピストイエーゼなどの別のグループがある。またヴイン・ノビレ・デイ・モンテブルツィアノはびんの中で熟成させて飲む赤でフィアスコには詰めていないもの。次に白のキアンチィとしてしられているのはビアンコ・デェラ・コリィネ・デル・キアンティで特に自慢してシヤブリ・デイ・モンテパルディとょび、フロレンスの近くで造られる。トレピアノ種のぶどうが原料で、辛口、香味も悪くない。その他白としてベルナツィア・デイ・サン・ジミニヤノがある。ヴェルナツィア種のぶどうからできる。びんで数年間熟成させた辛口の白.ヴィン・サントは豊かで甘口の食後酒、トスカーナというより全イタリアを通じて造られている。(10)ウンブリア=この地区はローマの北。トスカーナ、マルケ、ラツィオ(ラチウム)に取り囲まれた海を持たない地帯。イタリアらしい所を多く残している土地という。白のオルグィエトは同名の宗教の街で生れたもの。辛口その他やや甘口があり、いずれもトレピアノ種のぶどうを用いている。両者ともびん語前、樽で二年位おかれる。辛口のオルグィエトはよく調和がとれ、快い花のような香り、そして少しくビリッとした味。一見平凡にみえるが、その最良のものはイタリアの白のうち最も快適なワインである。二つともキアンティよりはずんぐりして大きくふくらんでいる特徴あるフィアスコ、ブルツィアネラに収められてある。赤のオルグィユトはごく少ない。サンジョヴエーゼ種のぶどうで造り、びん詰前7年は樽で貯蔵するという。(11)ラツィオ=ここはトスカーナの南隣チレニア海に面した地帯。首都ローマの周辺約12マイル位のあたりにぶどう園や麦畑が広がっている。ラチオには二つの主要なワイン生産地帯がある。一つはローマ城内、アルバンの丘にあるカスチリ・ロマニの辺、もう一つはウンブリアのオルグィエトに近いボルセナ湖の周辺地帯、ここはオルビエートによく似ている。これらは何れも火山岩の地帯である。カスチリ・ロマニ地区は1933年法律によってローマの南東、アルバンの丘の約50平方マイルの地帯に産するワインにのみこの名が用いられることになっている。白で辛口、やや甘口、甘口とあるが、甘いものが多い。甘口のためにはぶどうが畑で半分乾燥する程度におくらせて摘む。白はべロネ、マルバシアの数種、、それから新しく入ったトレピアノ・トスカノ種が用いられる。アルコール分は強く11〜4%、辛口のカスチリは堅い新鮮なワインで十分コクがある。ローマの魚料理、ローマ人が大好きな子羊や子山羊の料理がよく合う。やや甘口のワインはその種類としてはすぐれているが、これらを楽しむ料理が難しいという。本統の甘口のものは晩餐の後、桃や梨のような果物と共にとるとまことにおいしいものである。フラスカチ(白)はカスチリ・ワイン中最も有名もの。(12)マリノ=アルバノ潮の北岸。テラスになった畑でとれるマル.ハシア種からつくる。辛口であるが、十分コクがあり香のよい酒。同名のマリノは小さい町である。エスト・エスト・エストはボルセナ潮の近くで造られる軽い白ワイン、辛口は酒精分10〜12%、甘口は9〜10%。トレピアノ種、マルバシア種が原料。平べったいオルグィエトのフィアスコに入れて売られる。この酒には興味ある物語がついている。1110年枢横卿ヨハン・フッガーがへンリー5世の戴冠式出席のためアウスブルグからローマへ向っていた。彼は大変なワインの愛好者であったから、彼の執事を一日前に族立たでせうまいワインがある旅籠屋には、そのドアーにチョークでエスト…(これだという意) と記させた。ある日ボルセナ潮を逢か見下している丘の上の小さな町モンテフアイスコネーで、素暗しいワインを見つけ、執事は興奮の余り、思わずそこのドアにEst!Est!!Est!!!と書いてしまう、これがおかしなワインの名前が生れる由来であると伝えている。もっともこの話はまだ先があり、枢機卿と執事はローマヘ行かずに、とうとうこの土地に留まり、心ゆくまでワインを飲んで暮し、枢横卿はここで楽しく身まかったという。(13)アブルッツィ・アンド・モリゼ=イタリアの中部山岳地帯。ラチオの東、マルチスの南、アドリア海に面し、山が海岸線に迫っている。赤はツエラスオーロ、ロゼもある。軽いワインでモンテブリカーノ種のぶどうからつくる.冷やして飲む。アブルッツォ・ロソ(モンテブリカーノ)、前の赤に似ている。少し強い。白はアブルッツォ・ビアンコ (トレビアーノ)で少し鎖さがあるが快い香。魚の料理がよく合う。一寸刺激的であるが、清潔でさっばりしたあと口の酒。(14)カンパニア=有名なナポリ(ネーブルズ)がある。カブリを始め多くの行楽地をかかえ、アペニン山脈の傾斜、火山灰地帯の上によく耕されたしかし調密な平野の地帯。ワインはローマ時代にすでに盛んであったという。カブリには白、赤、ロゼがある。カブリ島のみでなく隣接の幾つかのものも含まれる。白は果汁を十分に発酵させるやり方で、色はうすく辛口で、あと口は焼けるような感じ。しかし新鮮な香気。赤とロゼのカブリはすぐれたテーブル・ワインである。ファレルノにも白と赤がある。ナポリの北、海岸の平地。白はフアランギナ種のぶどうからの辛口で、香気の高い酒。果汁は乾燥した皮を用いて発酵させる。赤はアリアニコ8種からつくったもの。このアリアニコ種は南イタリアで最も広く栽培され、火山灰土質にもよくできるぶどうである。しつかりした赤のテーブル・ワインを生み出す。若いときには一寸刺激的な風味を感じるが、びんで熟成すればよいワインとなる。ラクリマ・クリスチはベスビアスの麓でつくられ、黄金色のワイン。余り辛過ぎず、柔かさと織細さを備え、高い芳香をもった白。赤とピンクのラクリマ・クリスチもある。これはベスビオ・ロッソォとよばれる。イスキアには、白、特別の白、および赤がある。同名のぶどうから造られ、カブリのワインよりもずっと個性的であるようだ。白は軽くて非常に織純な酒。イスキア・ビアンコとよぶ。特殊のものはコクがあって香りが高くアルコール分11〜13%。赤は余り目立ってはいないが地方酒としては十分快適な酒、若くして飲む。ソロパカも白、赤、ロゼがある。(15)アプリア=半島の東南のはじの地帯、アドリア海、長靴のかかとにあたる。色々なワインを産する点で有名である。強い日光と加えて重い土質、勢い強くて粗いワインを産む。赤は調合用となり、白はベルモットのべースになる。アレアチコは肥えた深紅色の甘い食後酒。イタリアのどこでも見られるもの。同名のぶどうから造る。半分乾焼したぶどうの皮仕込を行ない、場合によって酒精を加えて発酵を調節する。イタリアでは珍しいやり方。従って酒精分14〜17%ある、マンデユリアは、やや発泡性の赤、アルコール分18%。サレントは赤とロゼ。北部又は海外へ調合用として出される。特別の性格はない。白のサン・セグロは粗いワイン。オーストリア人の好みに適しているという。主にベルモットのベースとして輸出されている。(16)バシリカタ=アプリアより生産量は少ない。裸で野生の山地である。しかし此処彼処にぶどう園は見られる。藤の三脚で支えられてはびこつたぶどうの木がある。赤ではアリアニコ・デル・ヴルテユーレ。同名のぶどうから造られ、びん貯蔵を数年行なって、南イタリアでは最良の赤である。コクがあって、円味をおびよく調和のとれた酒である。マルバシア、マルバシア・デイ・ヴルテユーレは自然の発泡性、甘口の黄金色のワインである。同名のぶどうから造る。(17)カラブリア=半島の南の先端、長靴の爪先である。高い山々と肥えた谷。うすら寒い風と熱帯性の海岸。ぶどう園はよく耕されている。チーロはギリシアの時代からのぶどう酒の産地。やや粗い赤があり、地方的にはテーブル・ワインとして飲まれ、また北部へ売られる。ロゼもあってチーロ・ロッサと呼ばれやや甘口。白のチーロは種から造られ、原著な芳香とコクがあってはなやかで、しかも辛口。グレコ・デイ・ジエラーツェはすぐれたデザート・ワイン。色は墟拍色、香気は豊かでオレンジの花に似た織純な香りがある。(18)シシリー=半島の南の先端に接する島で、中央部は山にそして西の方に比較的広い平地をもっている。ぶどうの他に果樹園をもち、オリーブや、なつめやし、ざくろなどが茂っている。ギリシア人が3000年以前にここに住みぶどう酒が造られていたといわれる。現在シシリーのワインの大部分は大規模な経営の下で造られており、農民達はぶどうやぶどう酒を大農場に売っている。共同組合も発達しっつある。エトナの斜面にぶどう園があって、赤、白共にごく普通のもので、いろいろの名前で売られている。白は辛口で、赤より多く造られている。赤はやや刺激的で軽いタイブ。コルポ・デイ・カスタルダッチアはバレルモの付近で作られるワイン。赤、白とある。赤ではファロは良酒の一つ。フィロクセラの騒ぎのときにはフランスヘ輸入され、アメリカヘは今も輸出されている、びん詰の前樽で約二年間熟成させる、辛口で色はむしろうすい.マルサラはシシリーの有名なワイン。マルサラの付近は一八世紀に英国の商人によって開発されたという。ポートやシェリーのべ−スとなるワインが最初作られたとのこと。現在のマルサラはシェリーやポートのょうに酒精強化酒である、マデイラにも似ている。この土地の香気のよい辛口の白ワインに、ブランデーや半乾燥のぶどうから造った甘口酒をまぜ、さらに濃厚になるまで加熱した発酵しない甘い果汁を加え、樽で4ケ月から五年位貯蔵する。色は深褐色、もとの辛口は一旦甘口になるが、やがて甘味は年と共に少しずつ減じてくる。モスカトはシシリーの各地に造られる良質の甘口の白。モスカト種の半乾燥果実を原料とする。マルバシアは黄金色のデサート・ワイン。(19)サルデニア=半島の西、地中海の中の島である。すべてがイタリアのようでない所ともいわれる。カリヤリが首都。景色も半島とは大分違っている。ワインは調性的で、辛口酒は食後酒に、甘口酒は食前酒に、テーブル・ワインはしっかりした酒質で、色の濃いのを飲む。赤としてはオリエナは香りの高いやや渋味のある赤。詩人ダヌンツィオが賞め讃えたという。酒精分18%。白はナスコは軽い黄金色の食後酒。魅力的なオレンジの花のような匂いがある。甘口のなかに後には軽く渋味が残る。その他、モニカ、モスカト(モスカト・サルド)がある。【ワインの統制】イタリアは世界有数のワイン生産国であり、従ってワインの品種についても厳重な統制を行なっている。フランスの原産地呼称法にならって1966年、呼称統制法を制定し、原産地呼称については、次のように区別した。(1)センブリーチェ=定められた生産地域内で、伝統あるぶどうを用い、その地方の方法に従い、その地区で変らないぶどう固から生れたワインは、その地区の名前を名乗ることができる。略号D.O.S.(2)コントロラーター=このワインはそれぞれの製造法統制に従って、その条件とあたえられた制限に応じ得るものであって、前のより上質のワインになる。Denominazione
di Origine Contrllata 略号D.O.C.(3)コントロラータ・ユ・ギャランティタ=特別の声名と価値をもったワインに対して与えられる。略号D.O.C.G.いろいろの外観、表示の仕方は別に法律で定められてある。もちろんこれに適合するワインは、それぞれが該当する製造法統制に応じた条件と定められた制限に適合するものでなければならない。ここでいう製造法の統制は、別の条文で詳しく規定され、ワインの原産地の名称から始まって、ぶどう栽培の地域、製造の条件、その他が詳しく定められてある。このように、かつてはワインの量産国といわれたこの国も、厳重な政府の対策によって急速に質的な向上を遂げつつあるといえる。
いちこ(覆盆子)酒 いちござけ
昔、いちごを清酒につけさらに砂糖を加えたものがあった。一種の再製酒である。いちごは江戸時代の末、オランダ人によって日本に持込まれたものであるから、この酒もその時代に造られたものであろう。『和漢三才図会』には薬酒の一つにあげられ『芸備国郡志』には能見島(今の広島県能美島) で造られていることを記しているし、『巻懐食鏡』には、無灰酒に覆盆子と砂糖をまぜると飲めば益ありとしている。
煎酒 いりざけ
昔清酒を鍋に入れて煮たて、その間にかつお節、梅干等を加えて時に塩で味を加減し、一升を約四合に煮詰めたものを熱酒と称した。風味がよく飲用の他、調理にも用いたようである。また養生訓には「脾虚の人は生魚をあぶりて食すに宜し....或いは煎酒を熱くして、生わさびなどを加へ、浸し食すれば害なし」とある。当時は一種の薬効のようなものを信じていたのであろう。『柳多留、五十篇』には「いり酒を鍋にのまれて叱られる」、『柳樽拾遺、九縮』には「いり酒をひゆうどろどろにしてしまい」とある。
岩泡 いわあわ
清酒のもろみの仕込後、数日で表面に泡が出、やがて泡がしだいに高く膨れ上ってきて、その表面がちょうど岩石のような凸凹が多い泡になる。この泡を岩泡とよび、やがて二、三日後には凸凹がなくなって一面円く盛り上がってくる。清酒のもろみの表面は泡がある程度規則正しく変って行くもので、これを観察することは管理の上の一つの手がかりとなる。そこで泡の形にこのような名前がつけられている。
インマチュア・ウイスキー
未熟のウイスキーという意味で、イギリス焼酎では貯蔵三年末満のものをこのように呼び、販売等に制限を加えている。
飲用アルコール
酒類等の飲料の製造に用いられる中性(不純物を含むことの少ない)エチルアルコールをいう。