キャンティ
キアンティはイタリアのトスカーナ地方で産する有名な赤の食中酒である。それはきれいなルビーの様な色で、味も余り重過ぎることはない。生き生きとした所が多くの人をひきつける。タンニンと酒石酸が丁度適当した酸度、平均して12%位のアルコール分である。キアンティの魅力の一つは、その容器と包装である。麦わらで縮んだ民芸品で、びんの約半分をおおっている。これをフィアスコといい、その中に入っているぶどう酒までが野趣に溢れているように感じられる。事実キアンティは若くてやや粗野でピリッとした感じの酒である。これはキアンティ独特の造り方ゴベルノシステムによる。すなわち主発酵の終るその年の終りの頃、滓引きさせたぶどう酒に乾ぶどうの搾汁を追加し、いわゆる二次発酵を行なわせる。こうすると残糖をすべて消費し、早期のマロラクチック発酵を起させて、ぶどう酒を柔らかくする効果がある。この発酵に約15〜20日がかかる。このガバーノシステムの重要な点は、ぶどう酒が若くても飲めるということである。この方法は他のイタリアのぶどう酒製造にも広まっている。ただしキアンティ地区の最上のぶどう酒は、びんの中で熟成するといわれる。そしてその酒はフィアスコには入れず、またゴベルノ法も用いていない。キアンティの原料はいくつかのを混醸するのが普通で、そのうち主にサン・ジョートはカと性格を、トレバノは色と柔らか味を、マルバシアは芳香と技巧的な所をそれぞれ与えるものだといわれている。キアンティには3つのタイブがある。一つは若くて大桶からそのまま飲むもの。次にびん語したら直ちに飲むというやや若いもの。もう一つは注意深く熟成させたものである。若い酒は新鮮でぶどうの風味の強いもので、往々にして少しピリッとした感じが残る。若いボージョレイと実際似てはいないが、同じ種類に属するもので、同じような飲み方で飲む。古い方のキアンティは、どつしりしていて香気がよく、上等のブルゴーニュと必ずしも同じではないが同じ地位である。なおイタリア政府はキアンティの産業を保護するため1932年「キアンティぶどう酒保護委員会」を設立し、キアンティと名乗るものの標示等を定めている。現にびんまたはフィアスコに番号をうち、若い堆鶏の絵のレッテルを張るなどを定めている。またキアンティ・クラシコと呼ぶものの地区を限定するなど、この委員会は保護に積極的である。

木香 きが
酒の製造にあるいは貯蔵などに木製の容器を用いると、酒に白然と木の匂いがつく。これを「木香がついた」などという。また木製の容器の効果は木香の他に熟成がある。日本酒は昔は製造・貯蔵ともに杉製の容器を使ったから、当然木香のあるのが普通であった。戦後は木製のものを使わないので、木香のないのが普通である。もっとも最近木香のある清酒を好む人もあり、木香をつけた酒も出回っている。ぷどう酒やウイスキー、ブランデー等の類は、必ず樽(樫・楢)を使うから、木香(樽香)があり、これがこれらの酒の香りの中には含まれている。

きき酒
酒類の良し悪しを実際にロに含んで調べること、元来酒類はロに入るもの。従ってこのような検査の方法が生れ、世界各国共通である。ただし口に含んだものは普通は味わった後吐いてしまう。ビールなどは咽喉を通るときの味が必要なため、飲み込む。利酒のやり方を簡単にいえば、できるだけ静かで北向きの所で、まず口中をすすいで口の中の異物や臭をとり、適温で適当な容器についだ−これは酒の種類によって異なる−酒の色や濁りをみ、ついで鼻の近くまで持ってきて匂いをかぐ。つぎにできるだけ少量を一説に四ml位が適当であるという−口に含み、酒が舌のまわりにまんべんなくゆきわたるようにして味覚を判断する。その間に口から息を吸って鼻口から息を出して口の中に立つ香り−ふくみ香−を確かめる。5〜10秒後に酒を吐き出し(あるいは飲み込み)あと味を検する。一応手順を述べたが、実際はこれらがごく短い時間(数十秒)によどみなく行なわれるもので、専門的に利酒を行なうには、かなりの訓練と経験とが必要である。普通、きき酒の後、吐き出すのは、特別に根拠のあることではないが、飲んでしまうと酔うため、判断を誤ることを避けるためではなかろうか。もっともきき酒をして吐いても、数量は咽喉を通る。従ってきき酒を数多くすると当然酔ってくる。

菊花酒 きくかしゅ
菊の花を浸した酒の意。菊酒ともいう。重陽の宴すなわち9月9日、宮中で催される宴に、天子より臣下に賜ったのが菊の酒であったという。菊花酒の製法は多少文献によって異同はあるが、『本朝食鑑』に従えば、菊花酒に2種あって1種は菊漂水を用いて酒を造るとあるから、加賀の菊酒の流儀である。他の一種は「菊花を用いて、焼酎中に浸し、数日を経て煎沸し、甕中に収め貯え、氷糖を入れ数日にし成る。肥後侯之を四方に錢る 倶に謂ふ目を明にし頭病を癒し 風及婦人の血風を法ると」とあり、焼酎に浸すような造り方が書いてある。また『手造酒法』には「菊酒一白夏菊五升、一上白餅米八升、一白糀八升、一しやうちゆう一斗二升、右米を常のごとくむして酒ともみ合せ桶のそこに一と重おき其のうへに菊をひとえおき、だんだん右のごとくしておしつけ、焼酒を入れ、桶のふたすかぬようによく張、三十日程すぎてよくこしてよし」。また一説に 「菊花野る時、花も茎もともに黍米にましへてこれを醸し、来年9月9日に至りとり出してこれを飲む。」とある(『統江戸砂子』)。いずれにしても菊の花の浸出酒、今の言葉では一種のリキュールのようである。
 君が代にすんでとくりの菊の酒
     くめば珍重陽てうれしき   『古今夷曲集』
 菊の酒くみてくるへる生酔を
     かかえてよいし辻番のはな 『巴人集 辻番菊』

菊 酒 きくざけ
この意味は加賀の菊酒のことと菊花酒と同義の菊酒と二用法ある。ここでは前者について述べる。室町時代の後半、酒造業者は寺院の他に職業的な業もあったようで、京洛の地以外に離れた所としては、越州、加州等が有名だった。加州宮越とあるはいまの石川県金石港で、ここが菊酒醸造の中心であったという(『尺素往来』)。さて菊酒とは要は加賀の銘酒のことだが、その由来にはいろいろの説がある。『周遊奇談』によれば、「加賀の国つる来という所(今の鶴来と思われる)に米屋といえる酒店で作る名酒を菊酒とよぶ)」としてある。けだしこの町を流れる白山川の清流、その源にはしら山の菊の谷があって、この谷は両岸一面に黄菊が咲き乱れ、その露おのずと河水に混じて流れるから「酒造には無類の名水、和漢ともに寿を延ぶること世にしる所なり」としている。また『北国巡使記』には「加州金沢浅野河の水源に、白菊の淵という所あり、四時ともに白菊咲きあひ」とあり、あるとき太守が家臣にこの菊をとりにやると、俄かに霧がかかって難行し、やっと長檀に入れて持ち帰り、君に奉ろうとあけてみると、菊はなく「一枚もあらばこそ、白露みだれ、にほひのこりて片腹いたき振舞なり」。太守はこれは仙人が菊を惜んだのであろうとした。「この川水に菊の滴り流れ込みて、菊の水なるとて、金沢の酒家に汲み運び、普くこれにて酒を製すれば、盃にうけたる酒の滴りのこりて、菊の文あざやかに残れば、されは薬の菊の水なりとて、人々菊酒と称し、国産の随一とはなり侍りぬ」。風流の話であるがいずれにしても同じような内容にて加賀の名酒を菊酒と風雅に呼んだのであろう。

黄 麹 きこうじ
日本酒やみりん、甘酒などに使う麹は、少し放置しておくと黄色になってくる。つまり麹菌の胞子の色が本来黄色あるいは黄緑色なので、このようによぶ。黒麹、白麹と胞子の色で麹を区別するとこうした呼称になる。

生 酒 きざけ
古く『童蒙酒造記』に「生酒之事 一寒三十日の内に造る也 能米を一限白くして造り様大体寒造同前別に口伝なし 但し成程辛口に造るべし 足強き物也」とあり、どうみても寒に入って造った酒で辛口酒のようである。これは『浮世親仁形義』などにも「後は生酒の辛口成を好みて」などとある。『手造酒法』は「生酒一糀五合一米五合 右飯に焚水ひたひたにしてつくるなり但し少々なれすぎからみの付たるがよし」と造り方にふれやはり辛口酒であることを述べている。『本朝食鑑』 には「今俗の所謂辛口は木酒倶に新酒の未た調和を経ざるの称なり」辛口とは木酒−生酒−新酒の味の調和のとれないものをいうとある。この三つとも生酒を同じような意味にとっている。ただ同じ『童蒙酒造記』の「酒言葉の事」の中には「一生酒とは火不入酒の事なり」とあって、いわゆる火入をしない生の酒のことであるとはっきり言っている。これは生酒と読むのが当っている。また今では生酒は純粋な酒、まじり気のない酒−生一本−という意味に用いられる(『広辞苑』、岩波『古語辞典』)。こうなると前記の用法とは少し違ってきている。

規那ぶどう洒 きなぶどうしゅ
赤ぶどう酒に規那の樹皮をつけ浸出し、砂糖を加えた薬用ぶどう酒。規那はアカネ科の常緑木、現在はインドネシアに多い。樹皮は強壮剤、健胃薬に用いられる。キニーネもこれからとる。アルコール12〜14%、エキス分10〜17度位。

貴 腐 きふ
エーデル・フォイレ
         
生もと きもと
清酒の醪を発酵させるため、酵母が必要でこれを供給するものがもと(酒母)である。このもとの造り方はいろいろあるが、生もとはその中でも昔から伝えられた伝統的な造り方で、蒸米と米麹と水とで仕込むと、その過程で硝酸還元菌、続いて乳酸菌というバクテリアのカをかり、最後に酸性の下で酵母を育てあげるという複雑なやり方である。ただ微生物学的にはいろいろの微生物を組み合わせて働かせるという大変興味あるやり方でこのような製造法が顕微鏡もなく、微生物学の知識もなかった数百年前の日本に確立されていたことは不思議ともいえる。この生もとも操作が複雑であるため、新しい方法に代り、今ではほとんど見られない。

キュラソー
本来は南米のベネズエラに近い小さな島キュラソー島に産するオレンジの一種を原料として造ったリキュール。この島はオランダ領であり、キュラソーもオランダで造られるが、フランス、アメリカにもある。普通キュラソー島産の若い緑色のオレンジの皮をアルコールにつけたもので造る。また別法としてこのものを蒸留してキュラソーのエッセンスをとり、これを原料としたものもある。いずれも皮を使っているので、香りの他に苦味が多少伴って、これが一つの特徴となっている。これらの香料液に酒精、砂糖、ブランデー等を加えて造りあげる。色は褐色、黄色、白色の三色があり、また甘口はアルコール分30%前後、糖分30〜65%、辛口はアルコール分37〜40%、糖分25〜30%位ある。寒期濁ることがある。このリキュールの最も有名なものはフランスのコアントロー。と、グラン・マニエで、それぞれ独特なものをもっている。またトリプル・セックの名ではいろいろのメーカーが製品を出している。なおマニエはコニャックを原料として使っているので、このリキュールは「オレンジの香りを持ったコニャック」ともいえる。キュラソーは古くは凝った陶器のびんを使っていたが、最近は透明なびんに変っている。

キュンメル 
キャラウエー(ひめういきょう、セリ科)の実をアルコールにつけたもの。ドイツやオランダ、バルト諸国で飲まれている。つまり穀類を原料にしたアルコールにキャラウエーの実で匂いをつけたものである。糖を加えるが、びんの中で結晶しているものもある。成分の一例はアルコール分は37%、エキス分28.5度、ただし、メーカーによって随分差があるようである。なおこのひめういきょうは消化を助ける効果があるといわれている。

きょく子
白乾児(高梁酒)に用いる糖化剤。日本の麹に相当するもので、大豆や小豆、小麦、そば、その他をぜて水で練り圧搾して煉瓦状につくり、自然にかびその他の微生物を繁殖させたもの。この中の微生物はリゾープス属やアブシデイア属が主で他に酵母菌も繁殖している。日本の麹と酒母とを一緒にしたような糖化と発酵の二つの役割を行なうもの。

キルシュ(ヴァッサー)
キルシュとはさくらんぼうのドイツ名。この酒はさくらんぼうを発酵させ、この発酵液をごく簡単な蒸留機でゆっくり蒸留して得たブランデーである。フランスではキルシュといい、ドイツ等ではキルシュヴァッサーとよんでいる。さくらんぼう特有の匂いがあり、我が国の焼酎乙類に似たタイブ。貯蔵には木香や着色を嫌うので、パラフィンを内部に塗った桶や陶器に貯蔵する。ほんもののキルシュは完全に無色である。キルシュはアルザス、ドイツ、スイスで造られ、特にドイツは小規模の蒸留業者が各地にたくさんあって、特長のある酒を出している。なお、ドイツのキルシュはシュワルツワルダーという名でしばしば呼ばれる。スイスのキルシュはバーゼルの付近で造られ、、ハーゼル・キルシュヴァッサーの名で販売されている。キルシュはアルコール分45〜50%、さくらんぼうの匂いの他に一種の臭気があり、特徴ある蒸留酒である。