コアントロー
フランスのアンジェでつくられるキュラソータイプ(オレンジ)の有名なリキュール。コアントロー社は同族会社で、アメリカでも造っている。びんとラベルは全く同じであるが、アルコール分は国によって異なる。本来の名称は(非常に辛口の無色のキュラソーの意)であるが他の業者が同じ名で売り出したので現在では社名をこれにつけ加えている。
高級アルコール
一般にアルコール類は、炭素・水素・酸素の化合物であって、普通はこの炭素原子の数の多いアルコール類を高級アルコールとよぶ慣わしである。メチルアルコールは炭素数1個、エチルアルコールは2個で、この程度のものは高級アルコールとはよばない。炭素数4個のブチルアルコール、5個のアミルアルコールは高級アルコールと呼んでいる。もちろんこれ以上の炭素数をもっているものは高級アルコールであるが、これらの高級アルコールは酒類の香りの成分として大切な成分である。酒類によって、含有する高級アルコールの種類、含量が異なっており、これがそれぞれの酒類の特徴ある香りを形成するという。なお厳密に規定する人は、炭素数6個以上とはっきり線をひいてよぶが、一般的な規則というものはない。
麹(糀)
米とか麦とかに麹菌(麹かびの類)を繁殖させ、酵素をつくらせたもの。清酒やみりんその他の酒類や広く我が国の醸造物の大切な原料である。麹の原料によって米麹、麦麹、大豆麹とよび、使用する麹菌の種類によって黒麹、黄麹、白麹といい、何に使うのかその目的によって清酒麹、焼酎麹、みりん麹などと呼ぶ。また麹の形によって固体麹、液体麹などと称する。例えば、清酒麹は米麹、黄麹、固体麹である。一般に澱粉質(米とか麦とか芋類とか)を原料にした酒類は、その澱粉を一旦糖にかえて=糖化=始めてアルコールができる訳で、米という澱粉質を原料にした清酒の場合、これを糖化するのが麹、つまり麹のもっている酵素の役割である。もちろん麹の酵素は他の作用も持っているからこれだけではないが、主なる作用は糖化である。同じ澱粉質(大麦)を原料とするビールの場合、この糖化をするのは麦の芽中の酵素の役割で、同じ糖化をするのであるが、清酒は麹というカビの産物を使い、ビールは麦芽という植物の芽を用いる。これが東西の違いであるといわれる。麹を用いるようになった起源は余りはっきりしないが『播磨風土記』には「立ち枯れた稲にかびがはえたので、これで酒を醸もさせた」という意味の記録が残っており、米飯に 「かび」がはえたのは「加無太知」または「加牟多知」とよばれた今の麹である。この辺が「麹」の起源ではないかという(坂口謹一郎『酒』)。我が国は高温多湿の地であり、おそらくかびの繁殖しやすい風土であったことから、このように麹というものを民族が利用するようになったのであろう。なお同じ東洋でありながら中国では、麹の造り方、麹菌の種類、麹の形などが違っているのも興味深い。麹を製造するには次のような工程を経るもので大変手数がかかる。米を洗って蒸して蒸米をつくり、これを一定温度(35℃前後)まで冷却して麹室の中へ入れる(引込)。ここで種麹を加えて十分まぜて、麹室内の床に堆積しておく。麹製造はここから始まって途中で手入攪拌(切返し)を行なったり、原料、麹蓋あるいは箱の中に盛り分けたりする操作を行なって適当な湿気の発散と新鮮な空気を入れてやると、やがて米粒の表面も内部も麹菌がすっかり繁殖する。この時麹室の外に取り出す。これが出麹で、ここで麹が出来上る。時間にすれば、種麹を撒いてから約42時間から48時間である。今では温度や湿度を自動的に制御し、人力を省いた製麹機もできている。
硬質米
酒造米の立場からは、水を吸いがたく、麹菌が米粒の中に入り難く、酒母・醪では糖化作用を受け難く蒸米の手ざわりが硬い、というような米を言う。しかし食糧米の方からは、米の軟かい硬いという意味ではなく、一般に水分の多い北海道、東北、北陸、山陰の産米が軟質米と呼ばれるのに対して、これ以外の産米を硬質米と呼んでいる。もちろん水分含有量は硬質米が軟質米にくらべて0.5〜1.0%少ない。
後熟
酒類の熟成で、後段に進行するもの。清酒であれば、圧搾濾過後貯蔵タンク中に行なわれる熟成であり、ぶどう酒は貯蔵中(樽またはびん)に行なわれるもの、ビールは後発酵タンク中で進むものが後熟であろう。なおこれに対して「前熟」という言葉はないから、後熟も結局は「熟成」あるいは「調熱」の異名と考えてもよい。
麹菌
麹の製造に用いられるかび。外側に着生する胞子の色が黄緑色のものが黄麹菌(アスパージヤイル ス・オライゼー)、黒色または灰褐色のものが黒麹菌(アスパージャイルス・ナイジャ)である。清酒やみりんに用いるのは黄麹菌、焼酎(泡盛)に用いられるのが黒麹菌である。
麹室
麹を製造するために特別に造られた部屋。麹を造るには温度と湿度が鍵であるから、この部屋は開口部が少ない。周囲は保温材料でかこい、温度と湿度とをできるだけ一定に保つようになっている。広さはその工場で1回に室の中に入れる麹の量で定まる。室温は28℃前後、湿度60〜70%に保つのが普通である。なお部産の換気のために開口部(天窓という)または機会的な換気装置をつけ、温度保持のため電熱器などを設備する。普通の麹室は内部の中央に幅の広い台(床とよぶ)側壁に沿って棚が設けられ、いずれも高さ約60〜70cmである。
麹屋
酒造従業員の内、麹を製造するものの職名。杜氏、頭につぐ地位である。「代司」という名でも呼ばれる。
硬水
カルシウムやマグネシウムを多量に含んだ硬度の高い水。この種の水は酒造用水としては、安全に醸造ができること、特徴ある製品を作り出すということで日本酒やビールの用水として使用される。なお普通の工業用水では硬度20度以上を硬水、20度から10度を中硬水、10度以下を軟水とするが、醸造用水の場合はほとんどが10度以下の水なので、これの硬軟の区別は工業用水と異なった呼称をする。すなわち8度以上を硬水、8度から5度までを中硬水、4度以下を軟水とよぶ慣わしになっている。西独のミュンヘンやドルトムントの用水は硬水であって、ピルゼンは軟水である。我が国の灘の宮水は中硬水、ドイツに比較すると、日本では麦酒でも清酒でも硬軟の差は余り甚しくない。
合成清酒
普通の清酒に含まれる成分と同じ物品を、いろいろ混和して醸造によらずに調合のみでつくった酒。大正10年理化学研究所に於て鈴木梅太郎が主になって工業化に成功し、最初は理研酒とよばれた。鈴木博士は米を一粒も使わず、米の酒と似たものを製造しようとしたのである。しかし単純な調合のみではどうしても完全には清酒に似たものができないので、発酵液を加えたり、清酒粕を利用したりして、香味の補強を行なった。戦後少量の米の使用を許され、米で清酒醸造と同じ方法で香味液をつくり、これに純調合のものを混和するというやり方に変って、合成清酒の酒質は一歩清酒に近づいてきたが、初めの鈴木梅太郎の理想からは遠のいたことになる。
酵素
生物によってつくられた高分子の物質で、このもの自身は変化せず、他の反応を促進するいわゆる触媒としての性質をもったもの。一種の蛋白質と考えられ、有機触媒である。重金属の添加や加熱によって働きがなくなり、温度やその環境条件によってその働きが左右される。あらゆる生物体内に広く存在し、またその作用によって多種類の酵素に分類できる。そして作用する相手はその各々の酵素に特有である。酒類も実はこの酵素、しかも微生物のつくる酵素の作用を人間が巧みに利用した結果生れた産物である。清酒を例にとってみると、麹ができあがると、この麹の中には驚くべきほど多種類の酵素が生産されている。そして主なる作用として米の澱粉をぶどう糖にかえる糖化作用を行なわせる。これは麹のもつ澱粉分解酵素のカである。次に酵母がぶどう糖をアルコールにかえるが、これは酵母のもっているアルコール発酵酵素系の働きである。この他酒の中にあるアミノ酸も有機酸類も、香りの主体となるエステルや高級アルコール類も、みな醸造に関係している微生物の酵素の作用である。酒類のように酵素の働きを利用した産業を酵素利用工業といって、味噌、醤油、食酢、抗生物質、アミノ酸その他各種の生産工業があり、人間社会にとっては、人間の体内に含まれる酵素が生活作用の維持に関与している他に、このように他の生物の酵素を利用し、社会生活を豊かにしている。
硬度
用水のカルシウムとマグネシウムの含量を示す数字で、高い硬度をもつ水が硬水で、低いのが軟水である。硬度の表わし方は国によって異なるが、我が国の醸造の分野では100mlの水にカルシウム、マグネシウムが酸化カルシウムとして1mg含まれているときに硬度1度と呼ぷのが普通である。
鴻池酒
大阪府河辺郡鴻池村にある鴻他家の造るところの酒をこのように呼ぶ。天正6年(1578)山中鹿之助が戦死の後、次男新六はこの鴻池村にのがれ、ここで酒の醸造を始め、姓を鴻池、屋号を鴻池屋と改め、次第に名声を得、特に江戸積の酒で天下に鴻池酒の名を轟かした。当時(慶長4年)は普通は濁酒あるいは片白であったために、鴻池酒は澄酒=生諸白という=を馬に積んで出荷し、大いに利を得た。元和5年(1619)には大阪に進出し、内久宝寺町に酒造店を構えた。これは新六の八男善右衛門をもって始祖とし、代々襲名している。後にこれは金融業鴻池家となるのである。さて馬に負わせて江戸表へ出す始めは「津の国鴻他の酒屋勝庵というもの、酒二斗ばかり入る樽二つを一荷とし、その上に草履数足をおき、樽を担ひて・・・」とあるが、後には余り売れるので「その一荷四斗の酒を一樽として二樽を馬一駄とし、数十駄づつもち下りて売りたり、依って末代に至り酒の価を極るとき、十駄何十両と立るは右のつもりなり」(以上『修斉近鑑』)。一駄=四斗樽二つの単位はここから出たものらしい。もちろん売れるにつけて馬の背では及ぶべくもなく、やがて舟運に変るのである。酒屋勝庵とは鴻池善右衛門のことだという。なお鴻地酒は実際に酒質も良かったようで『摂陽落穂集』には
後発酵
酒類の醸造工程で最初に始まる発酵が主発酵で、ここでアルコール分の大半は生成されるが、主発酵が終ってもなお徽弱な発酵が続いて、香味の調和などがとれてくる。.この静かな時期が後発酵で、酒類にとってはやはり大切な発酵である。
酵母(菌)
子嚢菌類に属する微生物で、糖類からアルコールと炭酸ガスをつくる働き(アルコール発酵作用)があり、酒類はすべてこの働きを利用して造られたものである。酒によって働いている酵母の種類が違うのが普通である。酵母は卵形、円形、球形のものが多く、まれにソーセージ型があり、一般には細菌類より形は大きい。増殖は細胞からまず芽が出てそれが次第に親細胞と同じように大きくなって離れ、独立した細胞となるという出芽法をとる。胞子をつくるもの、つくらないものがあり、発酵する糖類が酵母によって同じではない。酵母は酒の醸造以外にパン、味噌、醤油など、利用されている分野は広い。
高梁酒
白乾児のこと。
五加皮酒
中国産薬酒の一種。五加皮は五加(ひめうこぎ、中国原産の落葉樹、高さ2センチ内外の低い木。その菓は掌の様な形をしている。若葉は食用) の根皮を乾燥してこれと米、麹をまぜて仕込むのが昔からの方法であるが、今では数種の薬草とともに焼酎に浸して成分を抽出し、砂糖を加えたりするリキュールの形になっている。やや赤色をおびている。
極稀
清酒樽材の品質上の区分。清酒に用いる樽材は杉であるが、四斗樽(72L)は、本来は樹齢60〜90年のもので、心材は美しい淡紅色を呈している。この樽材を樽丸と称して、その品質からいくつかに区分する。極稀は、心材のみからでき淡紅色の優良品で、内稀(甲附)という心材と辺材との境目で作ったものが最優良品である。
コーケージ
栓抜き代。レストランやホテルで、客が自分で持参した酒びんを開ける時に、特別に支払う手数料。この風習は欧米でも我が国でも同じようである。
甑(こしき)
清酒醸造工程で米を蒸すときに用いる蒸し器。広くは固体の原料を蒸す器を指す。どちらかというと底径より口径がやや広く、浅めの容器で、底に蒸気の出る孔が開いている。この中に布等をしいて原料をふんわりとおくのである。
古酒
前年度あるいはそれより前に造った酒。日本ではその年の7月1日から翌年の6月30日までを酒造年度と呼んでいる。古酒といっても前年度の終りに作ったものはまだ新しい訳であるが、一般的には古酒は年月を経過しているので熟成しているから、熟成した酒の意味にこの語が用いられる。例えば「古酒化」は「熟成」と同義に用いられる。新酒がよいか、古洒がよいかは難しい問題であるが、ビールなどは古酒化を嫌い、ワインは反対に古酒を貴び、清酒はその一中間ともいえる。
コーディアル
蒸留酒に果実あるいは果実の芳香を加えてつくった酒。果実をそのままスピリッツに漬け込んだり、浸漬したり、いろいろな方法が用いられる。普通砂糖を加えて甘くする。リキュールと同義。
コート・ドール
フランス、ブルゴーニュの地域。黄金の斜面という意味は、この辺がブルゴーニュの白、赤のワインの最上のものの産地で、ブルゴーニュの心臓ともいわれる地帯であるからだ。この丘はジィジョン市から始まってボーヌの南サントネーに至る4マイルの谷。ソーヌ川に沿って南東に広けて、広い平たく肥えたシャロン・シュル・ソーヌに至るまでのスロIプ、そしてパリからリヨソ、マルセーユ、リヴィエラに向う主要鉄道と主要道路に平行した丘である。このスロープには24の村と1つの小部落が含まれており、また3つの有名な部分に分けられる。すなわちどれも主要な町の名をとってコート・ド・ジィジョン、コート・ド・ニュイとそしてコート・ド・ポーヌである。主な栽培品種は赤にピノー・ノワール、白にシヤルドネである。コート・ド・ジィジョンはあまり重要なぶどう園を持たない。そこの最上のものは、ピノー・ノワール種から造ったロゼであり、立流な酒は他の二つの地区から出ている。コート・ド・ニュイは北によった地区で、世界における最も偉大な赤ワイン、つまり赤ブルゴーニュの産地であり、ボルドーのメドックとよきライバルである。ほんの少しであるが白もできる。コート・ド・ポーヌはコート・ドールの南半分の地区でモンラッシェ、コルトソ、ムールソーという有名な白ワイン、つまり白ブルゴーニュの産地である。なおコート・ドールは酒の名前ではないので、いかなる酒もこの呼称では売られていない。
コニャック
フランスの西、ビスケー湾に面したシャレント県のコニャックの町を中心とする地方で、一定の規格のもとに造られたブランデーをコニャックと称する。正確にはシャレソトおよびシャレント・マリチムの2県とドウ・セルブとドルドウニュの2県に属する数村を包含した区域をコニャック地方と呼んでいる。1909年の法律で定められたこの地域で蒸留されたブランデーで、原料品種、収量、蒸留法に厳格な規制があり、これに適合したもののみが原産地呼称が許され、販売される。このようにしてコニャックの品質が維持され、ブラソデー中の王者として世界にその名を轟かしている。このコニャック地方を流れているのがシャラント川で、この川の流域にぶどう園が散在している。コニャックの町は、この川に沿った人口約2万程度の、緑の多い清潔で優雅な町並を持つ小都市であるが、コニャックの生産や取引の中心地である。街を流れるシャラント河畔に有名なコニャック製造業者の古い貯蔵庫が立ち並んでいる。なおコニャック地方のぶどうの栽培面積は約67,000ha、白ワインは主としてコニャック用に、この他に飲料に回る赤ワインが少しある。またコニャックの製造業者が全体で約135、コニャックは年間約100万kl程貯蔵される。コニャック地方は年平均気温12℃、降雨量が500〜600mmというのだから、我が国の甲府地方の1250mmにくらべて半分位の雨量で、乾燥していることが分る。夏は涼しく、冬は比較的温暖で、ぶどうの栽培には適している。【沿革】コニャックがこのようになるまでにはいろいろな変遷がある。この地方のぶどう栽培はかなり古いようで、ローマの遠征時